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岡山地方裁判所倉敷支部 昭和48年(ワ)109号 判決

原告

佐藤清春

右訴訟代理人

井藤勝義

被告

東急土地開発株式会社

右代表者

竹林八郎

右訴訟代理人

小倉慶治

外二名

主文

原告の第一次請求を棄却し、第二次請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告は、「被告は、原告に対し、別紙第一の物件的録(一)ないし(四)の各土地につき、岡山地方法務局吉備出張所昭和四八年六月三〇日受付第七一四三号による林宏ほか六名から被告に対する共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求めた。

二、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求めた。

(当事者の主張)(証拠関係)〈省略〉

理由

第一原告の第一次請求について判断する。

一原告の第一次請求原因は、別紙第一の物件目録(一)ないし(四)の各土地(以下本件土地という)が原告ら別紙第二の共有者目録1ない45の四五名の共有であるところ、被告は本件土地につき岡山地方法務局吉備出張所昭和四八年六月三〇日受付第七一四三号による同年六月二八日売買を原因とする共有者全員持分全部移転登記(以下本件売買、本件登記という)を経由しているが、本件売買は無効であつて原告らの共有権を妨害しているから、原告は共有者の保存行為として共有持分権に基づき、被告に対し本件登記の抹清登記手続を求めるというのである。しかしながら、原告ら四五名が本件土地につき共有権を取得した原因事実は、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。すなわち、〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

(一)  岡山県都窪郡早島町大字矢尾の地域は、明治年代以前から主として農業に従事する各世帯の集落であり、矢尾村と呼ばれていたが、公法上の地方行政組織たる「村」より以前に、自然発生的な班組織として「上矢尾、新屋敷、東、東中、西中、西、前」の七つの組合が存在し、各組合は十数戸の「家」ないし「世帯」から各一名の代表者(世帯主)が組合員となり、各組合から年番制で組合員各一名(年番という)を選出し、選出された七名の年番がよりあいを構成して、七組合共同の氏神熊野神社の祭礼行事(年七回)やいわゆる村山と呼ばれた入会山林の維持管理に当る慣習が存在し、現在も右七つの組合が一体となつて、ひとつの入会集団を形成する慣習が存続していること。

(二)  右入会集団としての矢尾部落(七組合)は、明治年代以前からの入会山林として本件土地を隣接の旧松島村と共同で所持してきたが、明治二二年矢尾村、早島村、前潟村が合併して早島村となり、松島村が庄村外三村と合併し庄村となつた際、旧矢尾村と旧松島村は、関係村立会の上、旧松島村との二村入会を解消して旧矢尾村の一村入会とし、民法が施行された明治三一年七月一六日にはすでに本件土地は、右入会集団の共有の性質を有する入会権の客体であつたこと。

(三)  明治二六年不動産登記制度が開設されたとき、右入会集団としては、部落名義の入会権の登記が制度上できなかつたため、便宜そのときの代表年番であつた林末吉(現在西中組合員林輝太の先先代)が明治二六年五月一〇日早島村長及び庄村長から売買により取得した旨所有権を登記し(部落代表者の入会権)、その後、本件土地については、登記簿上、「明治三九年五月二八日受六二六五、同年三月二四日ノ売買ニ依リ矢尾六三一番地熊野神社ノ為メ所有権ノ取得ヲ登記ス」(神社有の入会権)「明治四二年五月三一日受一九〇三、村社熊野神社ト更正ヲ登記ス」「明治四二年七月二九日受二二五三、同月二六日神社財産登録台帳ニ登録ニ依リ神社財産タルコトヲ登記ス」「所有権移転昭和三一年五月一五日受付第一一八四号原因昭和二八年四月二二日承継所得者都窪郡早島町大字矢尾六三一番地熊野神社右登記する」「合併による所有権登記所有者都窪郡早島町大字矢尾六三一番地熊野神社右昭和四三年一〇月一日登記」「所有権移転昭和四三年一〇月八日受付第六三一一号原因昭和四二年六月三〇日贈与共有者都窪郡早島町矢尾五〇番地持分七分の一林宏外六名」(記名共有の入会権)「共有者全員持分全部移転昭和四八年六月三〇日受付第七一四三号原因昭和四八年六月二八日売買所有者大阪市北区曽根崎上四丁目二〇番地東急土地開発株式会社(被告)」と順次甲区一番から登載されていること(被告の登記につき当事者間に争いがない)。

(四)  本件土地については、古く草や下枝や雑木等を共同収益する、いわゆる入会稼が存在したことが窺えるけれども、明治大正昭和と経過するにつれて、貨幣経済の発展と農耕技術の進歩との結果、いわゆる入会稼が漸次消滅し、熊野神社の所有名義に移し、七組会から一名あて選出された宗教法人熊野講社役員において同神社の財産として管理され社殿修復費用に松立木が伐採されたりしたにとどまつていたが、昭和四一年ころ、岡山県が本件土地を吉む早島町大字矢尾二軒屋を中心に、約三三万坪(特に尺貫法を用いる)に及ぶ大規模な、住宅団地を、同四一年度から八か年にわたつて造成する計画を発表したことに端を発し、本件土地もこの計画に包含されることから、入会集団たる七つの組合が各組合より一名あて代表者を出して、同四二年六月七日以降対策委員会を発足させ、同委員会が熊野講社側と協議して、同四三年一〇月八日前示のとおり林宏外六名の記名共有名義に登記を改め、その後前示住宅団地造成計画地から外れる情勢の変化をみたが対策委員会を矢尾共有財産管理会設立準備会(代表者林保太郎)と改め、本件土地等入会集団の総有に属する財産の管理運営のため会則案を起草し、同四四年二月一六日早島町矢尾共有財産管理会(以下管理会という)の設立総会を開催し、出席者八二名の承認を得て管理会の正式な会則となり、その内容は別紙第三のとおりとなつたこと。右総会は、会員が右同日現在九一名であり、その後会員になることの申込者があることを予想し、管理委員会に会員になることの承認権限を付与し、一二名の管理委員を選出したうえ、東中組合全員と西組の一部の者で、当然会員としての資格のある者の入会を期していたこと。その後、原告の積極的な勧誘によつて東中組合の組合員一二名が入会し、さらに西中組合員一名が入会し、管理会の会員は一〇四名を数え、その後二名が退会し現在会員数は一〇二名であること。

(五)  会員の範囲について、会則五条一、二項は「本会の会員は昭和四十四年一月一日現在、矢尾部落(吉備町三谷を含む)に居住する者で、本会の設立時に本会に加入を希望し、かつ設立総会の承認を得た者とする。会員は、一世帯一名とし、当該会員が死亡その他の理由で会員でなくなつたときは、当該会員の世帯のうち一名が、管理委員会の承認を得て、会員となることができる。たゞし、第八条の規定により、当該会員が除名されたときは、この限りでない。」と規定し、会員の権利及び義務について、会則六条一項は「会員は、総会の議決、役員の選任その他本会の運営に対して平等の権利を有し義務を負う。」と規定し、会員の退会について、会則七条一、二項は「会員は、退会を希望する場合は、その旨を委員長に届け出て退会することができる。矢尾部落以外の地域に移住することとなつた会員は、移住した日をもつて、自動的に本会を退会するものとする。たゞし、やむを得ない事情により管理委員会の承認を得て所定の手続きをした者はこの限りでない。」と規定しているから、右管理会は、本件入会集団の入会権者全員を包含し、全員の内部関係を律するとともに、全員の外部関係を管理会という権利能力なき社団をもつて統一的に処理し、入会財産の管理運営又は処分することを目的とする(会則三条)ものであること。

二以上の事実関係によると、本件土地は、岡山県都窪郡早島町大字矢尾の地域に、明治年代以前から自然発生的な集落体として存在する上矢尾、新屋敷、東、東中、西中、西、前の七つの組合から構成される矢尾部落と呼ばれる村落共同体が総有して支配する客体であつて、共有の性質を有する入会権の対象であり、登記簿上、部落代表者有から神社有へ、さらに記名共有の所有権登記が行なわれていたが、それは共有の性質を有する入会権そのものを不動産登記の制度上表示する方法がなかつたからにすぎず、右村落共同体を構成する七つの組合に属する各「家」ないし「世帯」の代表者(世帯主)個人がそれぞれ入会権者である慣習により、入会権者全員の総有に属するものと認めるのが相当である。民法二六三条によると、共有の性質を有する入会権については、各地方の慣習に従う外共有の規定を適用すると規定されているが、本件土地に対する入会集団の慣習を知る部落の有識者が衆知を集め、慣習に則りその主要な部分を成文化したものが、早島町矢尾共有財産管理会会則であると解することができる(換言すると、右会則によつて在来の慣習を認知することができるといつてよいであろう)。

もつとも、各地方の入会権に関する慣習上の一般原則によると、入会権の管理及び処分については、入会権者の総員の同意を要するのであり、この要件を変更し、入会権者中一定の者(本件でいえば総会や管理委員会)の同意さえあれば利用形態を変更したり、入会権を処分したりすることができるものとするにも入会権者全員の同意を要することもちろんであり、本件入会権についても在来の慣習は同様であつたと認められる。したがつて、右会則一五条、一九条、二〇条の規定が、入会権の処分についても、総会定足数を会員の三分の二以上とし、総会出席会員の三分の二以上の賛成によりこれを行なうことができる旨多数決の原則を採用するにあたつては、右会則につき入会権者全員の同意がなければならないというべきであるが、右会則五条所定の会員の範囲は、本件土地の入会権者全員を含める趣旨に解することができるばかりでなく、前示七組合の各組合員全員が入会して会員となつているから、右全員が入会した時点から右多数決の採用が本件入会権においては爾来慣習になつたということができる。

三そうだとすると、原告が、本訴において明治二二年矢尾部落居住者が早島村及び庄村から有償譲渡を受けて本件土地の所有権を取得したことを前提とし、右当時の林末吉ら矢尾部落居住者もしくはその子孫(相続人)が原告ら四五名にほかならないと主張し、さらに〈証拠〉によると原告ら一部の会員が「数代にわたつて矢尾部落に居住する会員については概ね十の割合、大正から矢尾部落に居住する会員については概ね八の割合、および昭和に新たに矢尾部落に居住している会員について概ね0.1―5の割合を基準として残余財産総額を配分するものとする」旨の会則改正案を主張していることを併せ考えると、右原告らの主張は明治二二年当時の入会権者(旧戸)のみに権利者を限定してその後のいわゆる新戸を排除するか、排除しないまでも旧戸を新戸より優遇しようとするものであり、本件土地を客体とする入会権の法源である在来の慣習が、入会集団内部における個々の入会権者が、世帯における代表者(世帯主)の交代あるいは世帯そのものの転入転出によりたえず流動することを承認し、明治二二年当時の権利者に固定させてはいないこと、いわゆる新戸と呼ばれる分家又は世帯ごと転入した者であつても居住を続け従来の組合員と同一の義務の負担に任じて当該組合における組合員の資格を認められたときは、これに入会権者として平等の権利義務を承認していることと相容れないことは明らかであり、右原告の主張が入会権者全員の同意を得て慣習として確立されていることの立証がない以上、失当たるを免れない。

四以上の次第であるから、原告の第一次請求原因は、原告ら四五名が本件土地につき共有権を取得した原因事実についてすでに立証がなく、その余の争点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

第二原告の第二次請求について判断する。

一原告の第二次請求原因は、本件土地が原告ほか一〇三名の共有の性質を有する入会権の対象たる山林であるところ、被告は本件土地につき本件売買による所有権取得を主張しその旨本件登記を経由しているが、本件売買は無効であつて原告の総有権を妨害しているから、原告は、総有権に基づき、被告に対し本件登記の抹消登記手続を求めるというのである。

二職権をもつて調査するに、入会権は権利者である一定の部落民に総有的に帰属するものであるから、入会権の存在を請求原因として被告に対しその所有権取得登記の抹消を求める訴は、権利者全員が共同してのみ提記しうる固有必要的共同訴訟というべきである。そうだとすると、その一部の者によつて訴が提起されていることは、弁論の全趣旨によつて明らかであるから右請求は当事者適格を欠く不適法なものである(最高裁判所第二小法廷昭和三四年(オ)第六五〇号所有権移転登記手続請求事件同四一年一一月二五日判決、民集二〇巻九号一九二一頁)。もつとも、入会紛争について、固有必要的共同訴訟の名の下に入会団体の一部の者の訴の提起を認めないことは、きわめて不合理な結果を招く(相手が団体の中のだれか一人でも買収し、あるいは圧力を加え、訴訟に参加させないよう手を打てば、ほかのすべての入会権者の権利は救済されない)から、入会団体の一部の者が提起した入会権確認訴訟については、その原告適格を承認すべきである。原告が入会団体の構成員としての資格において確認を求めているのは、彼らがその構成員であるところの入会団体の権利そのものにほかならず、当該入会団体の権利を保有する権能が、共同権利者としての入会団体構成員に認められるべきであることは、共有の場合におけるのと異ならない(川島武宜潮見俊隆渡辺洋三編入会権の解体Ⅲ五三八頁以下、注釈民法(7)物権(2)五五二頁)との反対説があり、右説によると本訴も原告に当事者適格を認めるべきことになる。しかしながら、この説によると、被告は、仮に勝訴しても、他の者による別訴の危険にさらされる(本件では一〇三回の応訴を強られる余地を残す)ばかりでなく、別訴において敗訴の可能性を否定することができないから、本来一個の所有権の総有的帰属形態である共有の性質を有する入会権の存否について、個々の判決が両論に分かれるときは、紛争の統一的解決ができない事態を生じること明らかであること、右反対説が指摘するような共同権利者の一部が提訴を拒んだりした場合には、その者をも被告として訴え、共同権利関係の確認請求とともに共同権利関係に対する妨害者に対する排除請求を同一訴訟をもつて追行することが可能であることを指摘することができ、紛争の一回的合一的確定の要請を重視する固有必要的共同訴訟に該当すると解する立場に拠るべきものと解する。

第三結論。以上の次第であるから、原告の第一次請求を失当として棄却し、原告の第二次請求を不適法として却下すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (早瀬正剛)

物件目録・共有者目録〈省略〉

早島町矢尾共有財産管理会会則〈一部省略〉

(目的)

第三条 本会は、第二十二条に規定する会員の共有財産(以下「財産」という。)を安全にして経済的、民主的に管理運営し、又は処分することを目的とする。

(権能)

第十五条 総会は、この会則に規定するもののほか、次の事項を議決する。

一、事業計画の決定

二、事業報告の承認

三、財産の取得及び処分〈以下省略〉

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